それからイエスは、エリコに入って、町をお通りになった。ここには、ザアカイという人がいたが、彼は取税人のかしらで、金持ちであった。彼は、イエスがどんな方か見ようとしたが、背が低かったので、群衆のために見ることができなかった。それで、イエスを見るために、前方に走り出て、いちじく桑の木に登った。ちょうどイエスがそこを通り過ぎようとしておられたからである。イエスは、ちょうどそこに来られて、上を見上げて彼に言われた。「ザアカイ。急いで降りて来なさい。きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから。」
ザアカイは、急いで降りて来て、そして大喜びでイエスを迎えた。これを見て、みなは、「あの方は罪人のところに行って客となられた」と言ってつぶやいた。
ところがザアカイは立って、主に言った。「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人たちに施します。また、だれからでも、私がだまし取った物は、四倍にして返します。」
イエスは、彼に言われた。「きょう、救いがこの家に来ました。この人もアブラハムの子なのですから。
新改訳聖書 ルカによる福音書19章1節~9節
ザアカイは、悔い改めました。
そして、不正で得たものは返し、
また、自分の財産(半分)を貧しい人たちに分け与えました。
すばらしいことです。
でもなぜ、そんなにお金を持っていたのでしょう?
・高給取りだった(宗主国の税官僚、しかも長官)
・不正ををして儲けた(税関連にありがち)
しかし、それだけで、お金持ちにはなれません。
施しできるほどの財力、倍返し(しかも4倍)できるほどの財力です。
なぜ?
殖やしたのです。
それは、
投資
ではないでしょうか。
稼いだお金を寝かせずに、お金に働いてもらう
それが、お金を殖やす方法です。
不正はしました。
が、それは仕事(仕組み)のプロフェッショナルということ。
ケチでした。
が、それはお金をしっかり管理していたということ。
ケチで不正で稼いだお金であっても、お金というものを理解していました。取り扱い方を知っていました。
だから、イエス様に出会って生まれ変わった時、
お金が正しく使われたのでした。
ザアカイの信念と信仰
なのです。
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